列藩同盟の戦略 〔東北地方・歴史・新潟県〕

奥羽越公議府において評議された戦略は、「白河処置」、「庄内処置」、「北越処置」及び「総括」であり、全23項目にのぼる。

主に次のような内容で構成される。

白河以北に薩長軍を入れない、主に会津が担当し仙台・二本松も出動する庄内方面の薩長軍は米沢が排除する北越方面は長岡・米沢・庄内が当たる新潟港は列藩同盟の共同管理とする薩長軍の排除後、南下し関東方面に侵攻し、江戸城を押さえる世論を喚起して、諸外国を味方につけるこのほか、プロシア領事、アメリカ公使に使者を派遣し貿易を行うことを要請している。

上野戦争から逃れ、6月6日に会津に入っていた輪王寺宮公現法親王を同盟の盟主に戴こうとする構想が浮上した。

当初は軍事的要素も含む同盟の総裁への就任を要請されたが、結局6月16日に盟主のみの就任に決着、7月12日には白石城に入り列藩会議に出席した。

また、輪王寺宮の「東武皇帝」への推戴も構想にあったとされるが、よくわかっていない。

確かなのは輪王寺宮が会津入りする以前の4月の段階で用語などが天皇扱いされていたことだけである。
update:2010年06月04日